2017.12.21

私の前には毎日、このような笑顔がある。

 

家族がどっかから貰ってきた付箋だ。

未使用の文具や事務用品て、どこか捨てがたい気持ちになる。捨てるなら、と気弱に引き取ってしまったのがこの私だ。

 

柴犬だかなんだかを模したこの付箋は、縦書きのもので、てっぺんにこの愛らしいと思われたがりの犬顔、腹部が文字を書くスペースとなっている。

 

色違い3種×極微な顔違い3種と、バリエーションの幅が得意げに広い。どんだけ自己顕示欲だ。

 

私は犬を飼うなら柴犬がいいと思っている。だから柴犬を模したことには罪がない。

 

キャラ顔が憎いのだ。

 

いわゆる可愛いキャラクターものが苦手だ。

 

とことん黒くて完璧な「●」の目玉に、私ほど不愉快を感じる人間はいないかもしれない。

なぜだ。私が知りたい。

 

だから混雑する駅のホームとかでたまに見る、リュックにマスコットをつけてる人たちが、もはや羨ましいの感情。

そんな風に偶像を愛せるか?

私だけじゃない、これと同一の偶像を所有してる誰かはこの世に何千何万といるのか。と思えば、独占欲も満たされない。

 

果たして「●」は癒されるものなのか?

癒されない私が異常なのか。だって別にかわいくないぞ。白目どこいった。

 

アニメーションなどで動く姿を見れば、それこそ"キャラ付け"がわかれば愛しさが生まれるだろうか。この「●」な生き物が、死にそうなおばあさんを見つけては毎日助けるとか、募金する為に必死こいて時給のいい仕事するけどことごとく失敗するとか、そうしたエピソードならちょっと見てみたい。ジョウロでお花に水やってワぁい、小鳥さんとお話ししたよワぁいなんてあっち側でやっとくれ、見てて苛立たしいだけである。

 

あ!いけない!

 

私の心を凍てつかせたか冬の朝の寒さよ!

それほどまでに大人目線でしか見れない私のまなこの曇天模様よ!

 

キャラクター好きさんが、むしろ羨ましいのだ。私の持ってない視点と慈しみの心があるからだ。オガワマユのリラックマ好きとかちょっとウケるぞ。

 

そして私は結局、いつまでも敗北なのである。

この付箋結局、捨てられないんだもん。今日もよろしく。