2018.1.4

Facebookの誰のどの投稿にも

いいね!がいつもより多めなのは

新年の挨拶にはきちんと反応する日本人の礼儀正しさか、

正月休みにだらだら横になって鼻くそほじりながらSNS眺めてる人口の多さか

 

あー音楽活動してなけりゃ絶対SNSなんてやんねーぞって思ってますが

 

少しでも多くの方にお知らせしたい、来て頂きたい、なぜかというと最終的に聞いて頂きたいから

 

と、結局エゴ発信で今年もソーシャルネットワーキングサービスに甘んじます。

皆さんはソーシャルネットワーキングサービスって何のことだか知ってますか?

 

とはいえ、お会いしたことなかったり、今日初めてライブ見ましたって方に不思議と「名前は知ってました」と言われることがある。

会ったことないのに覚えててくれたり調べてくれてありがとうですよ。

だけど不思議ですよね。芸能人でもないのに。

 

そういえば公と私の境ってなんだろうか。

パブリックとプライベート。

公人と私人。

 

公人なら許される?私的範囲だったら許される?じゃあそのボーダーは誰が引いてるの?

オーディエンス。大衆。メディア。とかいう環境?

 

何を背負ったら公なんだろう。

どこで口にしなければ私なんだろう。

 

既製品。量産。店舗。雇用。保険。責任。立場。横領。

手作りのお弁当。お母さんの編んだセーター。お父さんが新聞広げて居座るトイレ。たまに面倒見てくれる近所のおばちゃん。おじいちゃんが遺した畑。犬の散歩行かないと怒られた。お兄ちゃんが10秒数えだしたらハサミを取って来なきゃいけない。今夜の唐揚げをちょっとつまみ食い。

 

あ、これだと家族ってことになっちゃうな。

でも例えばそれも、確かに私の一種だな。

 

「家の中だけよ!」「外行ったらちゃんとするのよ!」ってよく言われたな。

何がだったんだろう。なんでだったんだろう。

 

ありのままだと公には通じないのか。恥をかくのか。人に迷惑をかけるのだろうか。誰かをしくしく泣かせるだろうか。

なのにそれは、私的空間なら許されることなのか。

 

お金を生じさせていたら公か。

プロだと宣言して、それで喰ってたら即ち公だろうか。仕事と趣味の違いはなんだ。専業と兼業の違いはなんだ。これで喰ってるんで、とハンディを求めることこそプロがしちゃいけないことではないのか。

 

ライブに来てくれるお客さんにもお友達にも

できるだけ中身のある礼儀を尽くしたい。

みんなそうだよね。

 

わたしは公でも私でもない。

 

吉村かおりだし坪光かおりです。ほんとうです。

 

一番信じられないのは、いつまでも自分だけです。

 

だから今年も、

自分以外の皆さんとお付き合いしていたい。

本年も宜しくお願いいたします。